PART ONE CHAPTER 6 ビルケナウB.IIe地区におけるジプシーキャンプの熱気駆除設備について

この資料は、ジャン・クロード・プレサックによる『アウシュヴィッツ ガス室の技術と操作』を翻訳したものです。 

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目次 - アウシュビッツ ガス室の技術と操作 J-C・プレサック著

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CHAPTER 6 ビルケナウのB.IIe地区におけるジプシーキャンプの消毒設備について

ビルケナウ収容所B.a.II建設の第二段階では、ジプシー収容所(B.IIe)の安定型WCブロックが、1943年末か1944年初頭に、荷物のための消毒施設に改造された。アウシュビッツ建設管理部が撮影したのは、この設備の南東部のみである[写真1]。小屋の面積のほぼ半分を占める8つの消毒室からなるひと組が基本で、2つ1組で制御・運用されていた[図面2]。午前中は3つのローテーションがあり、それぞれ45分ほどで終了する。電気モーターは、この部屋に強制換気があったことを示している。B.IIeのちょうど角に位置し[1944年3月23日の建設管理部図面3764], その内部配置は正確には分かっていない。シラミに対して使われた消毒方向や製品は、ヘルマン・ラングバインの『アウシュビッツの歴史(Der Auschwitz Process) (Europa Verlag Wien. Frankfurt. Zurich, a report of the Frankfurt trial in 1963-1965), 第2巻、p. 568。アマンは元アウシュビッツの囚人である。

「私は消毒コマンドに所属していました。クレアがチーフでした。私たちの仕事は、宿泊棟と人々を消毒することでした。最初は移動式の消毒車を使い、後にビルケナウ・ジプシー収容所に電気温風室を建設しました。」

「服も人も建物も害虫駆除しました。ブロックが害虫駆除されることになったとき、避難させました。人々は消毒に回され、髭を剃られ、塗布薬を塗られました。この間、衣類は蒸気ボイラーに入れられ、1時間半ほどそのままにされました。その間、囚人たちは入浴してから、消毒サービスの「清潔な」側で待機しなければなりませんでした。毛布は消毒のためブロックに残しました。」

この設備は戦後解体された。

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写真1:  
建設管理部写真 [PMO neg. no. 20995/420]「ジプシー収容所の消毒設備」 

 

図面2

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図面内文字の翻訳

  • Essai de reconstitution.../ B.Ⅱe.消毒小屋の内部配置の復元を試みる 
  • cheminée/ 煙突 
  • chaufferie en s/sol.../ 地下のボイラー室(外部階段でアクセス可能 )
  • position du photographe / 撮影者の位置